再び雲仙へ

再び雲仙へ

 会派の視察で長崎県雲仙市の南高愛隣会(雲仙コロニー)に行ってきました。同施設は障害者自立で大きな成果を挙げている全国でも有数の法人です。昨年2月に県議会の特別委員会でお邪魔し、大変勉強になりましたが、今回もとても充実した訪問でした。
 
 田島理事長をはじめ、職員の皆様に長時間にわたりお相手をいただきましたが、強く印象に残った言葉がいくつもありました。

 「長崎には親亡きあとのことを心配している人はいない」
 「健常者より障害者の方が仕事を大切にする」
 「お金を稼ぐことから、お金を使うことへ。生活をエンジョイする
福祉へ」
 「グループホームはつくる時代ではない。借りる時代です」
など、など。
 障害者福祉のトップレベルはここまで来ているという証左の言葉でありました。

 各種のグループホーム、法人が主体となっての障害者が働く会社、職業訓練施設などを拝見してきましたが、いずれも素晴らしいものでした。本県の障害者施策にできる限り活かしていきたいと思います。

2月定例県議会報告③ 今回の「退席」は卑怯だ

 この2月定例議会まで私は議会運営委員会の副委員長を務めておりました。通称「ギウン」は個々の分野の政策ではなく、議会の運営や、議会そのもの(県政調査費もその一つ)に関わる問題を扱い、通常は本会議の段取りも含めて、ギウンで大体シナリオが了解されてスムーズにことが運ぶことになります。まあ、通常は根回しががっちり行われるので、面白くないと言えば面白くないのですが、今回は私が最後っ屁ではありませんが、少々でしゃばったような形になりました。

 少々前置きが長くなりました。2月議会の最終日、県政調査費に関する請願の本会議採決で「民主党無所属の会」から6人の退席者が出ました。今までも問題によっては一人、二人の退席者が出ることはありましたが、6人となると明らかに異常であり、ギウンの副委員長としては到底見過ごすことができませんでした。

 なぜか。この本会議採決の前には、ギウンで同じ議案が「民主党・無所属の会」も含めて総員で可決されていたからです。委員会で賛成しておきながら、本会議で退席する。これを簡単に許していたら、委員会制(すべての議案を本会議で審議していては効率的ではないので、各委員会に議案を付託して審議、採決をして本会議に送る=議決する)をとっている県議会が機能しなくなってしまいます。

 また、民主党・無所属の会は以前にも「八ッ場ダム問題」で複数の議員が本会議の採決を退席しています。今度も許したら、県議会に安易な退席がまかり通ることになってしまう。そもそも、私たち公明党には、採決で一部の議員が異なる態度を示すことはあり得ません。自分の意見と会派の意見が異なる場合でも、議論の結果、最終的に会派で出した結論に従う。これは議会人として当たり前のことですし、最低限のルールではないでしょうか。

 それだけ、議員が賛否を下すというのは責任が重いのです。このようなケースで採決を放棄する「退席」は、分かりやすく言えば、「卑怯」です。どうしてもイヤなら会派を離脱するか、事前の会派内の議論で勝つしかないのです。

 こうした思いがあったものですから、最終日のギウン席上で私から発言を求めて民主党・無所属の会に強く抗議しました。他会派の委員も賛同してくれ、今後もこういうことをした場合は、ギウンに参加する「会派」として認めない旨を確認することとなりました。民主・無所属の会のギウンメンバーは、びっくりしたかもしれませんが、強く言ったのは、事態の持つ重大性を理解してもらうためでした。

 先に、報告した保健所移転の問題でも、所沢にとってはローカルな問題だけに判断に苦しみました。「退席してほしい」という声も某所からあったくらいです。でも、私はそういう無責任な選択はしませんでした。それだけに、民主・無所属の会の「退席」は許せません。採決(判断)を放棄するのは、議員としての責任を放棄するのに等しいのです。

2月定例県議会報告② 県政調査費

 懸案だった県政調査費の公開について、2月議会最終日に埼玉県議会としての結論が出ました。県政調査費の規定が改正され、21年度分から収支報告書と合わせて領収書の添付が義務づけられ、情報公開の対象となります。

 しかし、「会派の自主的な調査研究に支障が及ぼすおそれがある場合はこの限りではない」との例外規定が設けられたため、完全な公開とはなりませんでした。公明党は従来から県政調査費については「全面公開」を主張してきましたが、議会全体の合意が得られなかったため、まずは今回の方式で公開へ一歩踏み出すべきとの判断をしました。

 ただし、公明党としては例外規定を使わず、二十一年度分から領収書の「全面公開」を行っていくことといたしました。

 県政調査費公開問題については、全国の都道府県議会の中では後発となった埼玉県が「例外規定」を残したことは、残念な思いがあります。しかし、政務調査費の公開レベルや使途も含めて、最終的には「選挙」で有権者の皆様に判断していただくしかないと思います。
 
 また、県政調査費以外にも議会の在り方についての課題はあります。私も3期目を迎えていますが、知らず知らずのうちに規制の秩序の中に安住することになってはいないか、原点を忘れてはいないかを自らに問い直しつつ進まなければなりません。

 

2月定例県議会報告 ①所沢保健所移転について

 所沢でも桜の花が3分咲きという感じになってきました。新年度予算をはじめ盛りだくさんだった2月定例県議会も先週金曜日、3月27日に閉会しました。そのご報告を順次していきたいと思います。まず、1回目は「所沢保健所の移転」についてです。

 今議会に県内保健所の再編強化案が議案として提出され、可決されました(反対は共産党のみ)。これにより、所沢保健所は平成22年度から廃止され、従来の狭山保健所分室が保健所に強化され、所沢保健所が担ってきた仕事を行うこととなります。

 その理由は大きく二つあります。
 まず、県の5カ年計画が新しくなったことにより、県内の地域割り(地域別計画)が変わりました。県の出先機関(県土整備事務所や環境事務所等)も順次見直されており、今回は保健所の再編案が出されました。所沢だけでなく、越谷市からも保健所がなくなります。

 二つ目として(こちらの方が重要と思いますが)、所沢保健所は日本の保健所発祥の地として伝統のある保健所ですが、それだけに建物が老朽化しており、耐震性にも問題があって、このまま使い続けることが困難な状況です。建て替えには巨額の費用がかかります。

 地元議員として、大変悩ましい問題でした。地元にかかわる問題だからといって、県全体のことを考えずにただ反対を唱えていては、県政はめちゃくちゃになってしまいます。一方、これまでの利用者の方々のお気持ちや今後の対処についても考えなくてはなりません。そこで、県執行部にもさまざまに働きかけを行い、狭山からの出張サービスなどを行って、これまでの利用者の方々に極力不便をかけないような対応を行うことを約束してもらった上で、移転に「賛成」をいたしました。

 ひとたび議決をした以上、当面この問題に変更はあり得ません。22年度に保健所が狭山に移転し、やってみた後、どうしても所沢市内に保健所が必要だという状況であれば、県と市で話し合いということになるかと思います。人口30万人以上の市は保健所を自前で持つことができますので、保健所建て替えの巨額の費用をどちらが負担するのか。その場合、それぞれ市民、県民の納得が得られるかということも十分議論しなければなりません。簡単に結論が出せる問題ではなく、それぞれの全体計画の中で位置づけた議論が必要だと思います。

 関係者の皆様にはご心配をおかけしておりますが、移転すると決めた以上、県議として責任を持って極力不便を少なくするよう努力してまいる所存ですので、ぜひともご理解を賜りたいと存じます。

 また、あらためて議員としての責務の重さ、判断の重さを感じさせられた議案でした。

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